14/2 15/2

 

社会の課題に対して、大上段に構えて“何か”を行うのではなく、自分たちが普通に、すでに持っているスキルや「楽しい」と思っていることを入り口に、自分以外の誰かと関わることで、新しい動きをつくり、結果的に社会の課題にアプローチすることです。

 

今新しいプロジェクトにかかわっていて、コンセプトはこんな感じになったみたい。いいのじゃないと思う。

 

さて、また海の前に居る。おとといとちょっと違うのはヨガ三昧が始まったからだ。昨日は、朝日を浴びながら海岸線を歩いてヨガに向かう。7時半ごろヨガマットの上につき、始まるまで軽く体をほぐす。8時から9時半までヴェニヤッサヨガ。それからまた海岸線を歩いてロマンスハットまで帰る。

 

着たものを洗濯して、ああ、疲れたと思ったら深い眠りに落ちてしまった。海の前のオフィスで潮風に吹かれながら最高にリラックスして眠った。おそらく、インド旅行を始めてからはじめて深い眠りに落ちたのであった。確かに身体は崩壊寸前で悲鳴を上げていた。旅行中そういえばそれほど深く眠った記憶がない。そして肩と首はこりこりで、頭痛に悩まされ、吐き気はするし、食欲は落ちたし、下痢や、お腹の膨張感など何かどこかがいつ何時でも、おかしく、確かに苦しかったのであった。それが、たった一回のヨガでこれだけ回復するとはヨガは侮れない。潮風に吹かれながら、なんてのがこれだけ気持ちよいとは、今まで知らなかった体験だった。

 

まるで誰も居ない南の島で夢のように眠ってしまったように、ベットに溶け落ちてしまった。

 

起きたらそろそろ午後のヨガの時間。ゆったりと身の回りを整え、今度は、日傘をさして、また海岸線を、ヨガに向かう。海岸線は3キロあるそうだ。だから多分、700メートルぐらいの距離にあると思う。ヨガは午後は生徒が私一人でプライベイトレッスンでとても和んだ。先生はドイツ人で、英語の発音が、NYのドイツ人の友人グータを彷彿とさせた。ヒットラーの亡霊を拭い去れないドイツ人のイメージは、彼らに接すると、ビックリするほど拭い去られる。彼らの行いはクリーンで見事に正しい。会うどのドイツ人からもそういった気概が感じられる。ヒットラーに流されてしまった市民の一人ひとりの反省は、戦争を知らない世代にも深く浸透しているような気がするのだった。決して忘れないで、反省して正す。これは、同じような第2次世界大戦の経験をしながら、私たち日本人がしなかった盲点である。私達は水に流しすぎた。忘れすぎた。福島がこれと同じようにならないように祈るばかりだ。いや、祈る以上のことをしたいといつも心がけている。今はフランス人といえど、日本に生まれた限りは、私にも大きな責任は十分にあるからだ。

 

ヨガの後は、夕日の撮影。サンチェアーを抱えながら、海に夕日が沈む位置まで運んだ。今日の課題は夕日の前を通る物体と夕日のショット。物体は、人間であったり犬であったり、時にはジープである。私の前を一回でも通ると言うことが写真の瞬間の永遠になるという不思議。

 

そして太陽はまた沈み。月が現れる。満天の星が現れる。夕食がテラスに運ばれる。ヴァレンタインデイナーはかわいそうながら、お腹を考えて、フルーツサラダ。旦那はいつも魚。隣の飼い犬がやってきて食べ物をねだる。何かをやると、お礼にか、横に居てくれる。海岸に犬が居て、ベランダで夕食を食べるのが夢なんてことを彼は知っているように。

 

また軽く停電になったりして、今度は昨日は駄々をこねた旦那もおとなしく眠ってしまった。そしてまた太陽は上がってくる。そして私は、海岸線をヨガに向かう。今日はアシュタンガヨガ。NYから来たアダムが先生だった。その後ちょっと泳ぎ、洗濯をしながら、シャワーを浴び、サラが運んだ、フルーツサラダにチャイを飲み、海の前でこれを書いている。こんなにやる事がないのになぜ忙しいのか??と考えながら。3時にはボートトリップに行くのを旦那は予約してしまった。そろそろ、ネットカフェに行かねば。

 

こういうのが日常ってなんかおかしい。

これがヨガの教室。

これが教室内部。みんなが集まり始める。

これが私の家。

旦那のカメラ好きは寝ているときに注意するべき。まだこれは見られる写真。

夜は外から見るとこんな感じ。

ベットは夕方ぐらいに整えておく。じゃないと虫ちゃんが入ってしまうので。

そして、また太陽は上る。