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また海の前にいる。

 

海の前というのはさしてすることがないように見えるが、私は忙しい。。なんと言うかせわしない。ボーとして何もしないのが昔から下手だった。感じるものを吐き出すのにせわしない人なのかもしれない。

 

ここに来て一番うれしいかったのは、6ヶ月前のインド政府のプラスティックバックの配布の禁止の結果が鮮やかに出ている結果を見たときだろう。海にぷかぷかと浮かぶプラスティックバックがきれいさっぱり。。ちょっとはあるけど。。なくなったのである。

 

プラスティックバックはスーパーで無料で配布禁止。もし無料配布をした小売業者は罰金。それとインドの駅や歩道など公共機関にゴミ箱があるようになった。

 

そして今日地引網を見た。去年よりも回数が減った。が、ゴミばかりだった地引網の結果は。。。なんと、ほとんどプラスティックバックがなくなった。見事に消えた。結果がこうも鮮やかなものかと驚かされる。

 

その代わり毎朝やっていた、漁の後のゴミ集めのボランティアの仕事はもうなくなった。去年は自然発生的に外人たちが海から取れるゴミ集めを始めたのだ。イギリス人のジャーナリストが先導して始め、私が加わり、そのあとに何人もの外人が毎日ゴミを集めた。地引網の人たちは、もちろんやったが、それに割り当てられる人数はたったの一人。引退するべきのようなおじいちゃんがプラスティックバックゴミの山を袋に入れて運んでいたのだ。プラスティックバックゴミは集めても集めても山のようにあったのだ。その山を、海外ジャーナリストが写真に撮り、新聞に載せると言っていた。私はここを去ったのでどうなったか判らない。が、結果は、鮮やかだった。インドは馬鹿じゃなかった。

 

しかしながら、地引網の結果は去年と同じく悲惨なものだ。あれだけたくさんの人数が、何時間も時間をかけて、働いた結果は一人が両手のひらの中に入れて運べるような魚の数だ。

 

これは目の前で鮮やかに見た警告である。海よ。人間たちよ。これではいけない。

 

そんな漁業の実態で、働く人は意気消沈しているのか、掛け声もちょっと元気がない。その中で一人だけ元気な若者がいた。地引網を引っ張るときの力のかけ方が半端じゃない。そのおかげか彼の足は筋肉隆々としていい足だった。着ている黄色のストライプのシャツに鮮やかな布を腰に巻き、彼ははつらつとしていた。地引網を終わった後私は気がついた。彼の右手の半分は肘からもげたように無いのだ。

 

浜辺には多分腰が正常に働かない人が虫の様に歩いている。その器用な歩き方はまるでヨガをしながら歩いているようだった。惨めだと言う感じは微塵もしない。鳥が空を飛ぶように彼は虫のように起用に歩いていた。

 

遊んでいた女学生の団体は、地引網の最終段階のときワアアアアとよってきてひくのを手伝う。その興奮振り。原始の生命力。

 

生きると言うこと。

 

それを考えた。

 

ps、今年もまた同じことが。。

 

毎年、このホテルの軒下にカラスちゃんは巣を作るらしい。巣材を集めている。

 

このホテルの真横、2件先にやはり海辺が見えるベランダのあるホテルがある。この2つのホテルはごく小さい。どちらも2-3部屋しかない。そこに今年も同じ初老の紳士が滞在してる。ピカソをフランス人かイギリス人にしたような感じの人で、いつも私と同じ時間にベランダに居るのだった。

 

私が買った水着はそういえば。。。去年ショップのショーウインドウにあったものだった。ちょっといいなあと思って眺めていたが、いまさらまた水着買うのはもうよそうと思ったのだった。